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フィクサー

Wikipediaによれば、括弧書きで、「fixとは物事を意図的にarrangeする意味がある。」とある。
アメリカでは、悪徳弁護士をフィクサーと呼ぶことがあるそうだ。
訴訟が多いアメリカ社会にあって、弁護士が裁判が始まる前に自分には不利な証拠や承認をはずす工作をすることからこういわれているらしい。映画の字幕では、「揉み消し屋」という表現が使われていた。
当映画はJ・クルーニーが、マイケル・クレイトンという検事出身でもギャンブル中毒で、借金まみれの人生崩壊直前の弁護士くずれの「揉み消し屋」として登場している。
マイケルが所属する弁護士事務所は600人以上が勤務。メインクライアントでもある巨大企業への集団訴訟を担当していた。
そんなとき、担当弁護士でマイケルの友人のアーサー(トム・ウィルキンソン)が突然、狂いだし正気を失い、大事な訴訟の仕事がいきずまり、弁護士事務所に危機が舞い込んで来る。
さっそく「揉み消し屋」として呼ばれたマイケルが、アーサーを説得しようと動くが、訴訟のビジネスの背後で、恐ろしいことが勃発、話は急展開する。

かっこいいのに負け組の中年親父マイケルに、いつのまにか感情移入していた。
エリートとも呼ばれる弁護士の事務所が舞台だが、欲望に淀み、保身ですさんだ会社社会が描かれている。
社会に負けて、自分にも勝てず、こうじゃない今の自分に甘んじている主人公。
負け組の心情でいっぱいだったマイケルは、ある事実を悟ると同時に、命を救われる。
マイケルの命を救ったのは、何であったか。
この映画のエッセンスは、そのわずか数十秒のシーンに凝縮されている。

繰り返されるそのシーンを見て、私も救われた。
当作品の主演、助演の俳優達に、アカデミー賞や英国アカデミー賞など名誉な賞が数多く贈られている。

素晴らしき哉 DVD映画三昧お正月。

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スティーブ・ジョブズ 人を動かす神 なぜ、人に彼は心を奪われるのか?

さて、正月休み。時間もあるので、たまには、本でも読んでみようか。
コーチングとかマネジメントのハウツーっぽくて、
こんな本読んでるっつーと。何コイツ、出世目指してバリバリやるタイプなんだって
思われるかもしれませんが、そうだったらまだいい。

S・ジョブズ氏は、アップルの創始者。社員をこきつかう鬼経営者。強引な商談で知られるプレゼンター。
人間味や思いやりがなくて自分の想いのために、社員だろうと仲間だろうと出資者だろうと
簡単に裏切ってしまう仁義なき戦いをくり広げる戦国の武将。なのかね。

いやいや、あの素敵なマッキントッシュを作って世に出した人。
子どもみたいに世界をかえるぞなんてうそぶく人。
iPodやiPhoneを作った会社のトップ。
その人。

すごい経歴である
アップルコンピュータをガレージで立ち上げる
マッキントッシュを作って大ヒットさせる
自分が作ったアップルを追放される
J・ルーカスからピクサーを買収する
ディズニーと契約してコンピュータアニメを作ってヒットさせる
アップル社のトップに返り咲く
iMac、iPodを作って大ヒットさせる
宿敵であり、同じ歳のビルゲイツ(マイクロソフト)と提携する
i Tunes Music Storeを立ち上げて音楽マーケットのあり方を変えた
膵臓がん摘出施術を受ける
iPhone 3Gを発売して数日で何百万台も売ってしまう
ピクサーがディズニーに買収され、ディズニーの取締役に就任
(出来事順不同)

昨年B・ゲイツ氏は引退するも2009年1月現在S・ジョブズ氏は現役 
ジョブズ氏の生き方とそのエネルギーがもてあますところなくつづられている。
文章が上手いとか、構成がしっかりしているというのは当たり前だと思うが、
ジョブズ氏の半生はあまりにも濃密で、面白い。私の人生にとっても欠かせないお方だ。
人様の人生を面白いなどと表現しては、怒る方もあるかもしれないが、
私のこれまでの仕事や趣味や生活・・・。Macがなければ成り立たないし、ピクサーのCGアニメ映画なしには、すごせない。
執拗なまでに自分の作りたいものにこだわり、周囲を強引に説得してきた。
強引にも自分の夢に対して忠実に実現する力をもって生きてきた。
いまさらながら、まさしく私の人生を変え世界を変えたジョブズ氏。
休憩することすら考えていないようだ。

帯のキャッチコピーがいい「何もつくらず、すべてをつくった男に潜む魔力!」
そう、魔力があるよ。この人は。

竹内一正著 経済界刊

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2008年最後の日

英ロックバンドのU2の「The Best of 1980-1990」を聞いている。

遠い昔の学生時代。
U2やユーリズミックスを聞くというと、暗いなオマエと笑われたものだった。
U2のギタリストの小刻みなレフの繰り返しは独特の奏法としてどこぞの大学教授がをテーマに論文を書いたのだかつての友人が教えてくれたことを覚えている。
いつのまにか自分の青春時代のバックでなっていたロックだったような気がする。
青春時代だなんて照れくさいが、要するに青かった時代だ。
当時の私はレンタルレコード屋(CDはまだなかったと思う)で、「ヨシュアツリー」(だったか?)なるアルバムを借り手カセットテープに吹き込んで何度も聞いた覚えがある。確かに暗いロックだと思う。
あの当時、「ネクラ」という言葉がネガティブイメージの代表格のひとつとして扱われていたと記憶している。ネクラな曲を好んで聞いていた私は、それをネクラと片付ける連中に対してガキンチョにはわかんないだろーなと背伸びしていたのかもしれない。
繰り返し聞いていたが、いつしか関心がなくなってしまった。結局手元にあったのは、ヨシュアツリーだけだった。
バブルがはじける数年前のことだ。
当時、世間は右肩上がりの成長路線を疑うなんてことは絶対ありえない心境だった。勝ち組が当たり前だった。
ガツガツとしていた世間一般にとって「ネクラ」や「オタク」は、マイノリティでアンダーグランドな人達だった。

明日は2009年。
NHKの紅白歌合戦ではエンヤがオリノコフロウを中継で歌っており、思わず昔買ったCDを引っ張り出してDVDプレーヤーとTVで聞いた。エンヤはいい。変わらないところが。
U2はまだ現役だが、ヨシュアツリーのころから活躍していて、出身地も近いエンヤが日本の紅白歌合戦に参加することを青かった時代に誰が想像しただろうか?

今は、ネクラな時代なんじゃないだろうか。
あの時からしたら、何と暗い世の中だろう。どう生きるかを説く歌ってこんなにあったか?
森山直太朗の「生きてることが辛いなら」とかアンジェラ・アキの「辛くても自分の夢を持ち続けよう」みたいな学生向けの歌とか・・・。
青かった時代、こんなに歌詞に耳を傾ける自分はいなかった。
生きるの辛くなかったから。さびしくもなかったから。
今はちょっと違うが。

でも、この歳になって、「島唄」の旋律とか、歌詞をなぞっただけでなーんかウルウルきてしまう。
今は違う。自分も世間も。
なんなんだ、このネクラな時代は!?

さようなら、ネクラの2008年。
来年は、違う自分や世間であって欲しい。

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ALWAYS 続・三丁目の夕日

ご存知、昭和33年の東京下町に生きた人々の人間ドラマの続編である。
といっても鈴木オートの背景にあんなに大きく東京タワーが写っているくらいだから、下町といってもピントとこない。

Wikipediaによれば、
一作目が公開された2005年、200万人以上がこの映画を劇場でみたとされている。その後もロングランヒットし、日本のアカデミー賞を12部門で最優秀賞を受賞。
当時の総理大臣(安部さん)や中国の要人も外交の席で「観た」と発言したらしい。
翌年の12月に地上波での初放送は、22%以上の視聴率を稼ぎだした。

2007年、続編が公開。続編が作られたのは、自然であり必然であったように思われる。
で、映画の方は、忠実に当時を再現しようとCGが随所に埋め込まれていることは前作同様、鈴木オート一家と駄菓子屋を営みながら、芥川賞作家をめざしながら不思議な親子関係を続ける茶川龍之介達のハートフルな物語。

我が家にも10歳の息子がいるが、家族全員で観てしまった。ラスト30分、涙が流れないようにごまかすことに精一杯だった。ぐっと来るポイントが、クライマックスのシークエンスの中で、たくさんある。
・鈴木則文(堤真一)が川渕康成(小日向文世)にすごむ
・受賞候補作となる小説の文章が、1作目のシーンとともにフラッシュバック
・雑誌で読んで泣いて戻る石崎ヒロミ(小雪)のセリフ
・川渕康成が、自動車の中で独白を吐くいきさつとそのセリフ

貧乏でも心が豊かだった昭和のノスタルジーにドップリつかれる背景とともに、すきま風がふいてしょうがない今どきの日本人の心にジャストミートする待たれた続編。前作の一部の未解決な事柄をすっきりとさせる落ちまでついた、心温まるほんとにほんとにハッピーエンディングな映画である。

映画とは、ちょっと後ろ向きになってしまった心にあったかい風を送りこみ、明日のリアルな自分への活力にもなってくれる、そんなバーチャルな体験であった。
昭和のノスタルジーに存分にひたれるために使われるCGこそ、本来的な今まさに求められている映像表現なのかもしれない。タイムマシンは作れないが、あの心豊かだった昭和30年代に帰れる(実体験がない人にとっては、人間の原点に「返れる」)手段としてCGが使われている。
もちろん、俳優さんたちの渾身の演技や演出設計と、その映像タイムマシンであるCGが、一体となってわれわれの心のなかに感動を喚起してくれる。300万人以上もの日本人のこころを、いっきにゆさぶったというのだから、これにもまた日本人の良心がまだまだ健在であることを示しているということではないであろうか。
昭和30年代には、絶対に戻れないと思うが、あの輝かしい夕日は、今でもどこでも観ることができる。
天気の良い日には夕日をながめて、こんな素晴らしい映画があったことを思い出そう。
おぉ 素晴らしき哉 DVD「三丁目の夕日」シリーズ。

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WALLE ウォーリー

さて、私の大好きなディズニー・ピクサーの3Dアニメーションをみてきました。
期待していいと思う。
ディレクターは、「ニモ」、「レミー」のアンドリュー・スタントン。
家族や自然といったオーソドックスなテーマを素直に扱う人という印象で注目です。

この映画は真面目に楽しい。

ロボットなのに手をつないだり、ダンスしたりすることにあこがれる愉快なウォーリーが、
iPodのような先進的なデザインの高性能ロボットイヴに出会う。
制作者のねらいなのか、「イヴ」という名はヒトの創生の祖であるアダムとイヴの女性と同じ名前である。
二台(人?)は、機械であるが通い合う心を持ち始める。
二人(って言うけど)がロボットであることはどうでもよくなる。
相手に思いやりをかけ、自分にふりむいてくれるまで、一生懸命になれるということができるということ。
これが、ものすごく尊い感情だってことに気づく。
ロボットが持っていた、当たり前の単純でストレートな人間の感情。
人間のシンプルな感情ってこんなにストレートで、あったかいものだった。
いまさら、ロボット映画をみてこれを改めてしまう我々ってどんだけ~。

いにしえのミュージカルがモチーフに使われているのは、そんな人間のシンプルでホットな感情が、ストレートに表現されていたから。うれしいときはダンス!幸せなときは手をつなぐ!
おー そういえば人間ってこうだったよ。
どこか古めかしいテイストなのだが、可笑しくて笑ってしまうアイデアも満載である。
背景は、700年後のゴミだらけの地表なのだが、古いミュージカル映画のビデオが何度も繰り返されるからどこかノスタルジックな、空気感がある。
これまでいくどとなく人間が誰もいなくなった地球を舞台に映画が作られてきたが、そのどれも悲劇的だった。
この映画は違う。
地球が復活して人間が回帰する。夢と希望に満ちた正統派の筋書きだ。
しかも人間の僕扱いのロボット達が、人間を励まし、気がつかせる。

あの、ひとつしかなない「貴重な自然」を今の人間は大事にしなければならないんだよ。
あまりに純粋すぎるテーマに、心の涙が流れます。

あぁ 素晴らしき哉、映画「ウォーリー」。

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2008年最後の日曜日

数年前にも、流行したベーゴマ現代版「ベイブレード」がにわかにリバイバルしているという。
孫のためにと、実家が送ってきた。
ここ連日、我が家はベイブレード対戦で、盛り上がる。
コマ回しのツールは、点数チェックの回路が入っている。おー!玩具の今!


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お昼は、小さなシェフ(息子:10歳)のソーセージ入りケチャップライス/オムライス。
なかなか味は良い。
卵焼きでくるむ衣も上出来。うまっ。

販促グッズのもらいもののであった凧揚げに挑戦したが、風があったのにうまく飛ばせない。

有馬記念はだめだったが、凧揚げ、駒回しと、正月遊びを先取りした。
なんと、のどかな日曜日であろうか。

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